岡明子の日々のヒ ビ

photographer:林ユバ hair&Make:伊藤里彩

岡明子出演 Music Video
Sentimental boys「ユーモアを聴かせて」
監督:鶴岡慧子 撮影:瀬戸山祐貴

 

十年前、夜道を歩いていたら知っている香りがした。この香りは。そうだ、金木犀だ!すると携帯電話がブルルと震えて友人Kちゃんからメールが届いた。
「あっこー、キンモクセイの季節だよー。この季節になると、なんかねー、あっこに報告したくなるんだよねー。」
え、え、え、え、え、え、え、いま、まさにその金木犀の前にいるんだよ…。
それから毎年、金木犀が香りだすとKちゃんと「キンモクセイメール」を送り合っている。秋の便りのひとつ。一年ぶりにふらりとやってくるこの香り。そうだ、そんな季節なんだ。
そういえばKちゃんに話したいことがあるな。聞いてほしいな。金木犀が香ったら逢える約束をしよう。落ち着くようで、高揚する、香り。
わたしは文章を書くことが好きだ。ありがたいことにこちらの連載にも至る。
普段から、ふと書きたいと思う。気がつけば書いている。というか、忘れたくないのに忘れてしまいそうなこと、を書き留めておくということが多いのかもしれない。
ペンはテーブルに転がしておいて、バッグに忍ばせておいて、そこらへんにある紙に、さささっとメモをする。その場で浮かんだ言葉のフレーズはそのニュアンスのまま憶えておきたい。においまで全部。
幼少期はもっと感情についてのことを書き留めていたと思う。初めて知った感覚とかを手探りで文字にしてみる。初めてのことも、重ねてゆけば慣れていくし、やはりついついすぐに忘れてしまうもんだ。自分しか開かないノートに、吐き出すように書くことですっきりしているだけなのかもしれないが。
時に、ただのメモ書きであり、それは赦しのようでもあり、発散であり、怒りであり、得体の知れない幸福のようなものであったり。読み返せば、恥ずかしくなったり。解読できないことも多々あって、それもそれでまあいいかと思っている。
この夏、一行も文章という文章を書けなかった、書き留めておくこともなかった、書きたくなかったから、浮かばなかった。いや、あった。書きたくもあった。でも一文字も書けなかった。
でもそれが自然なことだった。…蓋をしておこう、今は。
私はこの夏、ほぼ毎朝、朝日を浴びた。照らされるビルの背中は、夕暮れ時の煌めきのようにも目に映った。とめどなく泪がこぼれてきた。だから朝、なんだってば。これからながい一日がはじまるんだってば。
私にとってはそんなこの夏、Sentimental boysのニューアルバム『Festival』から、「ユーモアを聴かせて」のMusic Videoに出演するご縁を頂戴した。四六時中「ユーモアを聴かせて」を聴き、口ずさんだ。『Festival』の楽曲たちに映っているもの、書き出されているもの、音の記録は、宝物のような輝き。救われた。『Festival』が聴き手のノートでもあり、記憶であり、癒しだ。
秋へと繋ぐ、この夏の宝物。
秋に向かう支度はできている。さあて、金木犀よ。か、お、れ。溢れだせ、そして舞い上がれ。
この世界に全てが詰まっている。私もその中のたった一つ。ちゃんとここに在る。そして何よりもどうかあなたさまの日々が、安全で、健やかに過ごしてゆける、心地の良い日々でありますように。自分にどんなことがあったとしても、いつも想っています。感謝を込めて。

Akiko Oka
女優。三重県伊勢市出身、高校卒業後、上京。 自身の公式ホームページのブログも好評で、この連載につながる。
公式HP : http://akkokakiko.info/

 

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